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大人のための時代小説

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山の神 其の十二



霜を踏みしめながら山を登ってくるのは仁助だった。
夜明けを待ちかねて弥太郎を探しにやってきたのだ。


「弥太郎!!お前、弥太郎か??」
仁助はわが目を疑った。
精悍で向こう意気の強い幼馴染の面影はどこにもなかった。
たった一夜にして、弥太郎の髪は雪のように白くなり
憔悴した眼窩は、まるで痣のように青みを帯びていた。
この寒空に弥太郎の片足は山沓がなく、剥き出しの脹脛が赤紫に怒張しているのだ。

虚ろ気な視線が仁助のそれとやっと交わったかと思うと
弥太郎はふらふらとその場に倒れこんだ。

「しっかりしろ、なにがあった?」

弥太郎はそれには答えず
乾いた唇でうっすらと微笑むのだった。
弥太郎の体から仄かに樹液の香りが立ち上った。
「へへ・・・人間の女なんか目じゃねぇ・・」
「何を言ってるんだ???」
「どんな別嬪も山の神にはかなわねぇ。。。」

「・・・」
なにかとてつもなく恐ろしい目にあって気が動転しているにちがいない。
仁助はそれ以上は問わず
譫言のように呟く弥太郎を担いで村に帰った。

しかし、数日経ち、数年過ぎても
弥太郎はそれ以上のことを語ることはなかった。
また、山に入ることもなかった。
そうして生涯嫁をもらわずに過ごした。


村ではそれからも長く「山の日」には山に入ることを禁じていた。
一年に一度、山の神が己が領地の木を数える日。
一本でも多く数えるために人間が入ってきたら木に変えて数えたという。
そうして人が変えられた木が「朴の木」であるという。

                                     山の神  完

image01.jpg


・・・・・・・・・・・・・
山深くで朴の木を見つけたら
それは禁を犯して山に入った昔人かもしれません。

        …ショートショートと言いながらまたも少し長くなりました。
          最後までお読みいただきありがとうございました。